1. はじめに
「そこにないものが見える」という経験は、多くの人にとって理解しにくい現象かもしれません。しかし、これは決して珍しいことではなく、脳疾患や精神疾患、薬物の影響、さらには視力の低下 によって引き起こされることが知られています (Collerton et al., 2005)[1]。本コラムでは、幻視のさまざまな原因と、それぞれのメカニズムについて解説します。
2. 幻視とは?
幻視(visual hallucination)とは、実際には存在しない視覚的な像が見える現象 のことを指します。これは錯視(illusion)とは異なり、外界の刺激がないにもかかわらず、視覚的に何かが見える状態を指します (Ffytche & Howard, 1999)[2]。
3. 幻視の原因
3.1. 脳疾患による幻視
- レビー小体型認知症 (DLB): 認知症の一種で、詳細な人物や動物の幻視が特徴的に現れます (McKeith et al., 2005)[3]。
- パーキンソン病 (PD): ドーパミン神経系の異常によって、幻視が起こることが多い (Diederich et al., 2009)[4]。
- 後頭葉の損傷や脳卒中: 視覚野に損傷があると、部分的な幻視が発生することがあります (Blom, 2010)[5]。
3.2. 精神疾患による幻視
- 幻視の特徴: 精神疾患による幻視は、恐怖を伴うものが多いとされています。たとえば、統合失調症では「攻撃的な人物」「不吉なシンボル」「監視されているような視覚像」が出現しやすい (Waters et al., 2014)[6]。また、せん妄状態では「虫が這っている」「幽霊のような影」など、恐怖を誘発する幻視が現れることが多い (Svenningsen et al., 2013)[7]。
3.3. 薬物・中毒による幻視
- アルコール離脱症候群(振戦せん妄): 長期間の飲酒後に急に断酒すると、幻視が現れることがある (Victor et al., 1971)[8]。
- 向精神薬(LSD、幻覚剤): セロトニン受容体に作用し、強烈な幻視を引き起こす (Nichols, 2004)[9]。
- 抗コリン薬(アトロピン、スコポラミン): これらの薬剤は中枢神経系に作用し、幻視を伴うことがある (Weintraub, 2011)[10]。
3.4. 視力の低下による幻視(Charles Bonnet症候群)
- 幻視の特徴: Charles Bonnet症候群では、精神疾患とは異なり、比較的楽しい幻視が出現する傾向があります。多くの患者が「美しい風景」「動物」「人物」などを幻視し、その内容は鮮やかで詳細に見えることが特徴です (Menon et al., 2003)[11]。また、患者自身が幻視と認識しており、恐怖を伴うことが少ない点が精神疾患との大きな違いです (Teunisse et al., 1996)[12]。
4. 幽霊が見えちゃった場合
「幽霊が見える」と訴える人は少なくありません。科学的な視点から見ると、これは幻視の一種であり、脳や環境要因によって引き起こされる可能性があります。
4.1. 環境要因と脳の錯覚
- 暗闇や低照度環境では、脳が不足した視覚情報を補完しようとするため、不明瞭な影や動きが「幽霊」として認識されることがあります (French & Stone, 2014)[13]。
- 電磁波や低周波音が幻視を引き起こす可能性も指摘されています。ある研究では、特定の周波数の音波が脳の活動に影響を与え、視覚異常を生じさせることが示されています (Tandy, 2000)[14]。
4.2. 睡眠と幽霊現象
- 金縛り(睡眠麻痺)の際、視覚的な幻覚を伴うことがあります。「幽霊が乗っている」「黒い影が見える」といった体験は、睡眠麻痺による幻視の一例です (Cheyne et al., 1999)[15]。
4.2. それでも説明の付かなかった現象
- 昔勤めていた病院での話で(現在は既に取り壊されている)、眼科病棟であったことですが、ある晩○×△号室の入院患者さんから夜中にコールがあり、「部屋の中に女の子がいるんだけど」とのことでした。小児科病棟から誰か抜け出したか?とのことで捜索するも、『女の子』はみつかりませんでした。半年後、同じ病室から同様にナースコールが鳴り、やはり「部屋の中に女の子がたたずんでいる」との苦情。半年前の患者さんとは別の方です。結局見回っても誰もおらず、真相は不明となりましたが、別々の方が異なる時期に同様の幻視があったとするのなら、それはどう説明するべきでしょうか。
5. まとめ
幻視はさまざまな原因で起こりうる現象であり、脳疾患・精神疾患・薬物・視力低下など、背景にある疾患の評価が重要 です。
参考文献
- Collerton, D., et al. (2005). “Systematic Review of Hallucinations in Neurological and Psychiatric Disorders.” Brain.
- Ffytche, D. H., & Howard, R. J. (1999). “The Perception of Phantom Images in Charles Bonnet Syndrome.” Brain.
- McKeith, I. G., et al. (2005). “Diagnosis and Management of Dementia with Lewy Bodies.” Neurology.
- Diederich, N. J., et al. (2009). “Visual Hallucinations in Parkinson’s Disease: Mechanisms and Treatment.” Movement Disorders.
- Blom, J. D. (2010). “A Dictionary of Hallucinations.” Springer.
- Waters, F., et al. (2014). “Visual Hallucinations in Schizophrenia.” Schizophrenia Bulletin.
- Svenningsen, H., et al. (2013). “Delirium in the Intensive Care Unit.” Critical Care Medicine.
- Victor, M., et al. (1971). “Alcohol Withdrawal Syndrome and Hallucinations.” Archives of General Psychiatry.
- Nichols, D. E. (2004). “Hallucinogens.” Pharmacology & Therapeutics.
- Weintraub, D. (2011). “Neuropsychiatric Symptoms of Parkinson’s Disease.” Archives of Neurology.
- Menon, G. J., et al. (2003). “Complex Visual Hallucinations in the Visually Impaired.” Ophthalmology.
- Teunisse, R. J., et al. (1996). “Prevalence of Charles Bonnet Syndrome in the Netherlands.” Acta Psychiatrica Scandinavica.
- French, C. C., & Stone, A. (2014). “Anomalous Experiences and Environmental Factors.” Journal of Parapsychology.