目が悪いって?

「私は昔から目が悪くて、よく見えない」という言い回しは昔から良く聞かれますが、この「目が悪い」という状況には、二つの可能性が考えられます。「屈折異常(近視や乱視)」と「疾患」です。前者は眼鏡をかければ視力は良好に出ますが、後者は眼鏡をかけても満足な視力が出ません。目は、周囲の環境を知る上で重要な感覚器のひとつですから、良く見えないと不安になりますよね。ここでは、大多数の人が経験する「近視」についてお話ししていきたいと思います。

近視とは

人類がヤリを持ってマンモスを追っかけている頃は、近視はほぼなかったものと思われます。遠くが見えなければ獲物が見えずに餓死、天敵に気づけなければ接近を許してしまい、喰われて死亡、とどちらの場合も生存が脅かされてしまうからです。しかし紀元前4千年頃に人類は文字を発明してしまいました。

遠くの人や後世の人に意思を伝えることが出来る文字を手にしてから、近くを見て作業することが急激に増えたものと想像されます。近くを見ているとき、目の中では毛様体という筋肉が力を入れ続けて、水晶体というレンズを膨らませます。近くを見続けている限り、力を入れ続けるというわけです。

筋肉が働けばやがて、疲労物質が筋肉内に溜まっていき、遂には満タンになってしまいますが、そうなると筋肉はパンパンに張ってしまい、痛みを感じるようになります。これが眼精疲労と呼ばれる状況です。一人だけがいくら目を酷使しても何も起こらなかったでしょう。

しかし人類は誰もが文字を使うことにのめり込み、何世代にもわたって目を酷使し続けました。生物の体は進化をするものです。近くばかり見続け目が疲れ続けたら、疲れないような目に進化することになります。そういった人類の目は前後に長く伸びてしまい、対象物を近づけたときだけしかハッキリ見えない目が誕生しました。これが近視です。遠くがぼやけてしまったら非常に困りますが、近くならハッキリと見えますし、長時間見続けていても筋肉の疲労を起こしにくいので便利と言えば、便利な目です。それでは、近視眼の人の体では、何が起こっているのでしょう?

近視眼の人の体では、何が起こっているのか?

近視眼の人は、近視遺伝子(設計図)を持っています [Miyake M, Tabara, Y, et al., 2015]。私達は生まれてから成人するまでに成長していきますが、それは脳から成長ホルモンが分泌されて骨や筋肉に作用し、体が大きくなっていく現象のことです。しかし近視遺伝子を持っている人は、設計図に従って成長ホルモンが眼球に大きく作用し、前後の長さ(眼軸長)をどんどん延ばしてしまいます。本来、角膜や水晶体といったレンズにより、入ってきた光を屈折させ、目の底(眼底)の中心(中心窩)に一点集中させることが出来れば、良い視力が出ます。しかし眼軸長が長いと、光の焦点は奥にまで届かず、物がぼやけて見えるようになってしまいます。これが近視になるメカニズムです。

人類と近視との歩み

人類の歴史上、その生活習慣により獲得してきた特質とは言え、やはり遠くが見えないことは不満なものです。そこで人類は眼鏡を誕生させました。入ってきた光を広げるように屈折させる“凹レンズ”を発明することにより、目の中ですぐに光がすぐに集まってしまい、焦点が奥に届かない状態だったものを届かせることが出来るようにしました。遠くの景色がまた、見えるようになって人類は近視を克服したかのように見られました。

しかしせっかく眼鏡で遠くが見えるようにしても、普段見ている場所は近くばかりだったのです。考えても見て下さい。子どもの時は勉強(ゲームばかりということもあるかも知れません)、大人になったら書類仕事やコンピュータ作業、定年退職を迎えてもテレビか新聞か雑誌ばかり見るような生活を送っている方が多いのでは無いでしょうか。その為、人類の近視はどんどん強くなり、またどんどん増えていくことになりました。

現代の小学生を対象にした調査では76.5%、中学生に至っては94.9%に近視があることが分かっています [四倉, 2019]。近くを見るのに適した近視も、あまり強度になってきますと問題が発生します。あまり強度の近視になりますと、眼球が前後に伸びすぎて壁も薄くなりすぎ、網膜剥離や近視性黄斑症、近視性脈絡膜新生血管症などの失明があり得る状態となってしまいます [Mimura R, Mori K, et al., 2019]
 [Haarman AEG, Enthoven CA, et al., 2020]。そういった事情から、近年ではいかに近視の進行を抑制するかということに着目した研究も多くなされるようになりました。

近視進行抑制治療

近視が眼軸長の異常な成長で有る限り、いかに早い段階で成長の邪魔をするかが鍵となってきます。と言っても後述するようなコンタクトレンズ等が赤ん坊に対しては不可能ですので、実現可能な順に、次の「近視進行抑制治療について」コラムでご説明したいと思います。

【コラム】近視進行抑制治療について

引用文献

Chia A, Chua WH, et al. (2012). Atropine for the Treatment of Childhood Myopia: Safety and Efficacy of 0.5%, 0.1%, and 0.01% Doses (Atropine for the Treatment of Myopia 2). Ophthalmology 119.

Haarman AEG, Enthoven CA, et al. (2020). The Complications of Myopia: A Review and Meta-Analysis. Investigative Ophthalmology & Visual Science 61.

Jiang Y, Zhu Z, et al. (2022). Effect of Repeated Low-Level Red-Light Therapy for Myopia Control in Children. Ophthalmology 129.

Kakita T, Hiraoka T, et al. (2011). Influence of Overnight Orthokeratology on Axial Elongation in Childhood Myopia. Invest. Ophthalmol. Vis Sci. 2011, Vol.52, 2170-2174.

Kinoshita N, Konno Y, et al. (2020). Efficacy of combined orthokeratology and 0.01% atropine solution for slowing axial elongation in children with myopia: a 2-year randomised trial. Sci. Rep. 10, 12750.

Mimura R, Mori K, et al. (2019). Ultra-Widefield Retinal Imaging for Analyzing the Association Between Types of Pathological Myopia and Posterior Staphyloma. Keio University, Department of Ophthalmology. Journal of Clinical Medicine 8.

Miyake M, Tabara, Y, et al. (2015). Identification of myopia-associated WNT7B polymorphisms provides insights into the mechanism underlying the development of myopia. Nature Communications 6.

Mori K, Torii H, et al. (2019). The Effect of Dietary Supplementation of Crocetin for Myopia Control in Children: A Randomized Clinical Trial. J. Clin. Med. 8(8), 1179.

Mori K, Torii, H, et al. (2021). Effect of Violet Light-Transmitting Eyeglasses on Axial Elongation in Myopic Children: A Randomized Controlled Trial. Journal of Clinical Medicine 10.

Rose KA, Morgan IG, et al. (2008). Outdoor Activity Reduces the Prevalence of Myopia in Children. Ophthalmology 115.

Talens-Estarelles C, Cerviño, A, et al. (2022). The effects of breaks on digital eye strain, dry eye and binocular vision: Testing the 20-20-20 rule. Contact Lens and Anterior Eye 46(2).

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Wu PC, Chen CT, et al. (2018). Myopia Prevention and Outdoor Light Intensity in a School-Based Cluster Randomized Trial. Ophthalmology 125.

四倉 絵里沙. (2019). 近視と高次収差とドライアイ. 慶應義塾大学, 医学部. 視覚の科学.