はじめに

「最近、まぶたがピクピクするんです」
外来でよく聞かれるこの訴え。多くの場合は一過性の「眼瞼ミオキミア」で心配はいりませんが、まれに治療を要する神経疾患“眼瞼けいれん”の初期症状であることもあります。

私たちが1日に無意識に行う瞬き――そのリズムの乱れにこそ、眼の乾燥・疲労・ストレス、あるいは神経の異常が潜んでいるのです[1]。

本稿では、“何気ないまばたきの異変”に焦点を当て、眼瞼ミオキミアと眼瞼けいれんの違い、対処の目安を解説します。

瞬きの役割:単なる潤滑運動ではない

瞬きは角膜の乾燥を防ぐ生理反応ですが、それだけにとどまりません。視覚情報の“リセット”や脳のマイクロ休息としても働いており、集中・緊張時には減少し、リラックス時には増えるなど、自律神経と深く関係しています[2]。

そのため、瞬きの変化やまぶたの不随意運動は、心理的・神経的な不調を反映する“生体のサイン”にもなり得るのです[3]。

よくある「まぶたのピクピク」ー眼瞼ミオキミアとは

眼瞼ミオキミア(eyelid myokymia)は、主に下まぶたに起こる一過性のピクつき・痙攣です。以下のような特徴を持ちます。

  • ・数秒〜数分続く細かい振動
  • ・疼痛や視力障害はない
  • ・下まぶたに多く、片側性
  • ・原因:疲労、睡眠不足、カフェイン過剰、ストレス、ドライアイ[4]

通常は数日以内に自然に治まるため、治療は不要なことがほとんどです。ただし、反復する場合や、他の症状を伴う場合は注意が必要です。

放置してはいけない「瞬きの異常」ー眼瞼けいれんとは

一方で、「まばたきの異常」が生活に支障をきたすレベルまで悪化するのが「眼瞼けいれん(blepharospasm)」です。以下の特徴があります。

  • ・両眼性の過剰瞬き、目の閉じすぎ
  • ・光まぶしさ、乾燥感、目が開けづらい
  • ・自分の意思で止められない
  • ・50〜70代に好発、女性に多い
  • ・脳の運動制御機構(基底核)の異常が関与[5]

初期は「まぶしい」「目が疲れる」など漠然とした症状で始まるため、単なる疲労やドライアイと誤診されることが非常に多い疾患です[6]。進行すると、日常生活に大きな障害をもたらすため、早期診断と治療が重要です

特徴眼瞼ミオキミア眼瞼けいれん
発症部位多くは下まぶた、片側両まぶた、しばしば両眼性
持続時間数秒〜数分数週間〜持続的
意識で止められる可能困難
日常生活への影響ほぼなし外出困難、読書不能など大きな支障あり
主な原因睡眠不足・疲労・ストレス中枢性の運動制御異常(ジストニア)

このように、頻度・左右差・持続時間・生活への影響の有無を見極めることが、鑑別の鍵になります。


治療のアプローチ

  • ・眼瞼ミオキミア:生活習慣の改善(睡眠・ストレス・カフェイン制限)、人工涙液などで経過観察[4]
  • ・眼瞼けいれん:ボツリヌス毒素注射(ボトックス)が第一選択。眼科あるいは神経内科での診断が必要[7]

「治らない目の疲れ」が実は眼瞼けいれんだったという例も少なくありません。長引く瞬きの異常には、専門的評価が不可欠です。

おわりに

まばたきは、“目の健康”だけでなく“脳と心の状態”までも映し出す、生体のリズムです。
一時的なピクつきなら過度に心配はいりませんが、長期化・悪化・両眼性・まぶしさを伴うようであれば、ただちに眼科を受診するべきです。
「瞬きが変だな」と思ったとき、それは身体からの小さなSOSかもしれません。



参考文献

  1. Doane MG. Interaction of eyelids and tears in corneal wetting and the dynamics of the normal human eyeblink. Am J Ophthalmol. 1980;89(4):507–516.
  2. Nakano T, et al. Blink-related momentary activation of the default mode network while viewing videos. Proc Natl Acad Sci USA. 2013;110(2):702–706.
  3. Cruz AA, et al. Spontaneous blink activity. Ocul Surf. 2011;9(1):29–41.
  4. Bagheri A, et al. Myokymia of the eyelid: A clinical review. Orbit. 2005;24(1):7–11.
  5. Hallett M. Blepharospasm: recent advances. Neurology. 2002;59(9):1306–1312.
  6. Defazio G, et al. The epidemiology of primary blepharospasm. Mov Disord. 2005;20(5):572–575.
  7. Jankovic J, et al. Treatment of blepharospasm with botulinum toxin: A review. Mov Disord. 1987;2(4):237–254.