1. はじめに

お子さんが突然「黒板の字が見えない」「目がかすむ」などと訴えたとき、多くの親御さんは強い不安を感じるでしょう。眼科で検査をしても異常が見つからず、「心因性視力障害」と診断されるケースがあります。本コラムでは、心因性視力障害の特徴、原因、診断方法、治療、および親としてできる対応について詳しく解説します。

2. 心因性視力障害とは?

心因性視力障害(psychogenic visual impairment)は、視力低下があるにもかかわらず、眼科的な異常が見つからない状態を指します (Granet et al., 2000)[1]。この障害は、心理的なストレスや不安が関与していると考えられています。

2.1. 主な特徴

  • 突然の視力低下(特に学校での視力検査後に発覚することが多い)
  • 視力の変動が大きい(検査ごとに結果が異なることがある)
  • 視力矯正具(眼鏡・コンタクトレンズ)を使用しても改善しない
  • 暗い場所でも視力が変わらない(器質的疾患とは異なる)
  • ストレスの多い時期に発症することが多い(新学期、転校、受験など)

3. 心因性視力障害の原因

心因性視力障害の背景には、さまざまな心理的要因が関与しています。

3.1. ストレスと不安

  • 学校生活の変化(クラス替え、いじめ、勉強のプレッシャー)(Livingstone & Krumholz, 1985)[2]
  • 家庭環境の変化(親の離婚、引っ越し、兄弟の誕生など)
  • 友人関係のトラブル

3.2. 無意識の「逃避」

  • 学校生活からの一時的な逃避(視力障害があることで注目を浴びたり、休みやすくなる)
  • 親の関心を引こうとする無意識の行動

3.3. 身体表現性障害の一種

心因性視力障害は、身体表現性障害(Somatoform Disorder)の一つと考えられています。これは、心理的ストレスが身体的な症状として現れる状態です (Spencer et al., 1995)[3]。

4. 診断方法

4.1. 眼科での検査

心因性視力障害の診断は、まず器質的な疾患(近視、白内障、網膜疾患など)を除外することが重要です。

  • 視力検査:片眼遮閉で視力が改善するかを確認
  • 視野検査:求心性視野狭窄が特徴的(Hannington-Kiff, 1970)[4]
  • 近点調節検査:心因性の場合、異常が見られないことが多い
  • フリッカーテスト(ちらつき検査):視力低下が心理的な要因によるものかを判断するために用いられ、心因性視力障害では異常が生じることがあります。

4.2. 心理的評価

心理カウンセリングや質問紙を用いて、ストレス要因を探ります。

5. 治療と対応

5.1. 眼科的アプローチ

  • 「視力低下は一時的なものであり、回復する可能性が高い」と説明することで安心させる (Taylor, 2003)[5]。
  • メガネやコンタクトレンズの処方を避ける(本来必要でない場合、症状を強化してしまうことがある)。

5.2. 心理的サポート

方法内容
ストレスマネジメント学校や家庭でのストレス要因を軽減する
カウンセリング心理療法士やスクールカウンセラーと連携し、不安を軽減する
リラックス法呼吸法や瞑想などを取り入れ、精神的な安定を図る
ポジティブなフィードバックできることを褒めることで、自信を持たせる

5.3. 親としてできること

  1. 安心させる
    • 「お医者さんがしっかり診てくれたから大丈夫だよ」と伝え、不安を取り除く。
  2. 無理に視力を回復させようとしない
    • 「頑張って見よう」とプレッシャーをかけると逆効果。
  3. 生活習慣の見直し
    • 規則正しい生活を心がけ、睡眠を十分に取る。
  4. 必要なら専門家と相談
    • 症状が長引く場合は、児童精神科や心理療法士と相談する。

6. まとめ

心因性視力障害は、ストレスや心理的負担が原因で視力低下が起こる一時的な症状です。親としては、焦らず、温かく見守ることが何より大切です。適切な環境調整と心理的サポートにより、多くの場合、自然に回復します。お子さんが「目が見えない」と訴えた際には、まずは落ち着いて、専門医の診察を受けることをお勧めします。

参考文献

  1. Granet, D. B., et al. (2000). “Psychogenic Visual Loss in Children.” Survey of Ophthalmology.
  2. Livingstone, I. R., & Krumholz, D. (1985). “The Role of Emotional Stress in Pediatric Vision Loss.” Journal of Pediatric Psychology.
  3. Spencer, S. E., et al. (1995). “Conversion Disorder and Functional Visual Loss in Children.” Pediatrics.
  4. Hannington-Kiff, J. G. (1970). “Functional and Psychogenic Visual Field Defects.” British Journal of Ophthalmology.
  5. Taylor, D. (2003). “Management of Non-Organic Visual Loss in Children.” Current Opinion in Ophthalmology.